選定技術一覧
1.建造物修理(けんぞうぶつしゅうり)
選定年月日:昭和51年5月4日
保存団体名:(公財)文化財建造物保存技術協会
概要:
我が国における文化財建造物の保存修理は120年以上の伝統をもち,現在まで約2,200棟の建造物が根本修理を受けている。これらの建造物は7世紀から20世紀初頭まで約1300年にわたる各時代の遺構で,その種別は社寺,城郭,住宅,墓碑,橋梁等あらゆる分野にわたっており,構造も木造,石造,煉瓦造等多岐にわたり,また地域差や工匠の系統による差異もある。したがってその保存修理に当たる技術者には高度な
専門知識に基づく技術が要求され,この修理技術は文化財建造物の保存には不可欠のものである。
建造物修理中堅研修の様子
2.建造物木工(けんぞうぶつもっこう)
選定年月日:昭和51年5月4日
保存団体名:(公財)文化財建造物保存技術協会,(一社)法人日本伝統建
築技術保存会
概要:
我が国の建造物は近年まで木造がその主流であり,したがって建築技術は木工技術によって代表され,それは世界に類例稀
なほど精巧な成果を示すものである。しかし,近年では,材料,工具等の変化や,いわゆる近代建築の隆盛に伴って,古式の木工技術を体得する者は少なく,しだいに技術水準が低下しつつある。特に文化財建造物の保存修理に当たっては,各時代の木工技術の正確な踏襲,再現が求められるところから,現在数少ない木工技能者が体得している古式の木工技術を伝承し,錬磨してその水準を確保する必要がある。
古式の木工技術による修理の様子
3.檜皮葺・杮葺(ひわだぶき・こけらぶき)
選定年月日:昭和51年5月4日
保存団体名:(公社)全国社寺等屋根工事技術保存会
概要:
檜皮葺
及び柿葺
の技術は,建造物の屋根葺
技術として我が国特有のも
のである。この技術の発祥は詳
らかでないが,檜皮葺は8世紀の中ごろ
に既に用いられており,柿葺は古く発生した板葺
を源流とし,中世の末にはその技法が定着し大成したとみられている。現在,多数の檜皮葺・柿葺の建造物が,重要文化財として保護されており,これらの建造物を保存するためには檜皮葺・柿葺の技術は欠くことのできないものである。一般の建築ではほとんど用いられなくなりつつあり,伝承が困難となっていたが,保存会の取組により技術者の数が回復しつつある。
檜皮葺の様子
杮葺の様子
4.茅葺(かやぶき)
選定年月日:昭和55年4月21日
保存団体名:(公社)全国社寺等屋根工事技術保存会
概要:
茅葺
は,我が国では草葺
の一種として古くから建造物の種類と地域を
問わず広範囲に使用され,農・山村の民家では,今なお若干ながらそれを
みることができる。しかし,一般には茅場制度の消滅と原野の開発によっ
て良質の茅が得られなくなり,「茅手
」と呼ばれた葺師
も年とともに減少し,現在では兼業としてわずかにその技術を伝えているにすぎず,それも老齢化して,一般の需要がない今日では,専業として成り立たないことから後継者を育成することも困難となっている。
茅葺は,古代に行われたと考えられる「元
吊づり」の工法から次第に改良されて近世には既に現在みられる工法になっていたと思われるが,なお地域的には幾つかの技法の差がみられ,それが茅葺の地方色として伝統的に残されている。
現在重要文化財として保存されている茅葺の建造物を維持し,後世に伝えるためには茅葺の技術は欠くことができない重要な技術である。
茅葺の様子
5.檜皮採取(ひわださいしゅ)
選定年月日:平成30年9月25日
保存団体名:(公社)全国社寺等屋根工事技術保存会
概要:
檜皮
採取とは,屋根葺の一種で社寺に多く見られる檜皮葺に用いるため,80から100年生以上の檜の立木から,樹皮である檜皮を剥ぎ取る技術である。立木の檜は10年ほどで樹皮が形成され,再び採取が可能と
なるが,そのために樹皮下の形成層を傷つけない技術が必要である。檜の立木の下部からヘラを入れ,上方
にめくり上げ,麻縄なわを巧みに使って足掛かりとして,高い木では20メートル以上まで登り剥いでいく。
檜皮の採取は樹皮の形成期間である4月から7月までは剥ぐことができず,労働期間が限定される。単独で山中深く入り,高い木に登る等,危険を伴い,採取した檜皮を担いで山裾まで下ろす等,重労働も要求される。
現在重要文化財として保存されている檜皮葺の建造物を維持し,後世に伝えるためには檜皮採取の技術は欠くことができない重要な技術である。
檜皮採取の様子
拵え作業の様子
6.屋根板製作(やねいたせいさく)
選定年月日:平成30年9月25日
保存団体名:(公社)全国社寺等屋根工事技術保存会
概要:
屋根板
製作
とは,屋根葺の一種で柿葺
,栩葺
,瓦葺
下地
の土居葺
に用いるため, 椹
や杉
等の木材を手作業で割り,形状を整えて屋根葺に適し
た板を製作する技術である。屋根面に葺く平葺板
,軒先に使用する軒付板
や上目板
,曲面部に使用する隅板
等,用途に応じた仕様があり,板の厚さ
や長さも多様である。原木
の良否を見極め,良質の板を,手際良く大量に製作することが重要で,熟練が求められる。
板葺屋根の耐用年限は20年から30年程度であり,重要文化財となっている多くの建造物の保存継承のためには,屋根板製作の技術は欠くことのできない重要な技術である。
屋根板製作の様子
7.茅採取(かやさいしゅ)
選定年月日:平成30年9月25日
保存団体名:(一社)日本茅葺き文化協会
概要:
茅採取は,屋根葺の一種で農山村の民家に多く見られる茅葺に用いるための,ススキやヨシ等を育成し,採取する技術である。
茅の採取は,本来は地域住民によって行われた農作業の一つであったが,建築資材としての需要減少,農業形態の変化により必要性が薄れた作業である。
茅刈り,乾燥させるための茅立
て,選別して屋根葺材料に拵
える茅選
り,これら一連の作業を手際よく行う技術がなければ,屋根葺に用いる良質で大量の茅を得ることは不可能である。
茅の育成,茅場の管理も,地域の地勢や植物に関する知識や慣習の蓄積によって支えられてきたものである。質の確保のために火入れを行う場合にも,地勢や工程に関する知識や経験がなければ危険な作業である。
現在重要文化財として保存されている茅葺の建造物を維持し,後世に伝えるためには茅採取の技術は欠くことができない重要な技術である。
茅刈りの様子
茅立ての様子
8.建造物装飾(けんぞうぶつそうしょく)
選定年月日:平成19年9月6日
保存団体名:(一社)社寺建造物美術保存技術協会
概要:
文化財建造物を装飾する技術には,漆塗
,彩色
,錺
金具製作,鋳物製作,鍛冶技術などがある。特に仏教伝来とともに様々な技術が伝わって,古代仏堂が華麗に彩られ,やがて寺院以外の建造物にも盛んに用いられるようになった。
これらの技術は,建造物を装うという意匠性だけでなく,部材表面の風化抑制などの機能性も担っている。建造物の修理においては,その両者を考慮して適切な技法を吟味して施工する必要があり,そのためには豊富な知見と熟練が求められる。
また建造物の保存修理を適切な周期で行うためには,これらの技術の円滑な継承が不可欠である。
錺金具製作の様子
9.建造物彩色(けんぞうぶつさいしき)
選定年月日:昭和54年4月21日
保存団体名:(公財)日光社寺文化財保存会
概要:
我が国における建造物彩色は,仏教の伝来とともに大陸から移入されたと考えられ,平安時代になると大陸直伝の技法から日本的なものとして洗練され,華麗な発達を遂げた。中世では仏塔の内部等にその伝統が受け継がれ,中期からは,素木造を基本とした神社建築にも取り入れられ,特に室町末,桃山時代には漆を加えて建物内外ともに豪華絢爛な彩色を施す技法が発達した。
近代以降,油性塗料や合成染料が建築彩色の主流となり,また,天然顔料の資源不足や技術者の減少などの課題に直面していたが,文化財を後世に継承していくためには不可欠な技術であり,保存会が技術者養成を担っている。
彩色の様子
10.建造物漆塗(けんぞうぶつうるしぬり)
選定年月日:平成28年9月30日
保存団体名:(公財)日光社寺文化財保存会
概要:
独特の色艶を持つ漆塗
は,彩色
・錺
金具とともに我が国の建造物を
荘厳
する技術として欠かせないものである。漆塗の技法は,部材となる
木地を固めた後,ひび割れ防止や補強を施し,下地材を塗っては研ぎ出す
という工程を何度も繰り返して下地を平滑にした後,精製した中塗
漆
,
上塗
漆
によって仕上げる。保存修理においては,旧塗
膜
の劣化を見極め,
破損した塗層
までを掻
き落とし,必要な工程からなる塗りを施す。使用する工具,漆の調合法や塗り技法は,それぞれの工程で異なり,専門的知識や経験とともに熟達した技術が要求される。
近代以降,油性塗料や合成塗料が建築塗装の主流となっているものの,建造物漆塗の技術は,社寺など伝統的な建造物を後世に継承していくために不可欠である。
漆塗の様子
11.屋根瓦葺(本瓦葺)(やねがわらぶき(ほんがわらぶき)
選定年月日:平成6年6月27日
保存団体名:(一社)日本伝統瓦技術保存会
概要:
寺院建築や城郭建築をはじめとする我が国の伝統的な建造物には
本瓦葺
が多く用いられている。
本瓦葺の技術は,再用可能な古瓦をどこまで使用できるかを判別し,新しい瓦との調和のとれた使い方,棟や谷部の雨や強風に対する対策を考え,軒の反
りや屋根の優美な曲線を伝統的技術で葺
き上げるためには,高度な判断と技能が要求されることから,文化財建造物の保存修理工事において最も重要な技術の一つである。現代においては,この技能を高度に体得した技能者は次第に減少しつつあるが,本瓦葺の技術は,本瓦葺の文化財建造物を後世に継承していくために欠くことのできない技術である。
本瓦葺の様子
12.左官(日本壁)(さかん(にほんかべ)
選定年月日:平成14年7月8日
保存団体名:全国文化財壁技術保存会
概要:
左官の職名は近世初期には見られ,それ以前には「泥工」「壁塗り」とも称された。我が国の伝統的左官技術には,表面を土で仕上げる古式京壁と,漆喰
仕上げとする漆喰壁があり,日本壁と総称される。
良質の日本壁を製作するためには,各種素材の吟味から施工まで高度な熟練が必要であり,文化財建造物修理においては,製作された壁の強度や美観が修理工事の良否に大きく影響する。しかし,日本壁製作のような湿式工法には十分な工期と経験が必要であるため,熟練した,良質な日本壁を製作できる技術者を確保していく必要がある。
左官技術研修の様子
13.建具製作(たてぐせいさく)
選定年月日:平成11年6月21日
保存団体名:(一財)全国伝統建具技術保存会
概要:
建具の製作は木取り,矯正,削
加工,寸法決め,仕口
加工,仕上
加工,
組立
の順で行われる。小片の部材を複数組み合わせて作られ,大工仕事と
は異なり,一厘,二厘をゆるがせにできず,また,隠れるところがほとん
どないため仕事に逃げ場がなく,わずかな狂いやキズも許されず,極めて
細かい神経と高度な技術,それに豊富な経験が必要である。近年の一般建
築界では,建具を修理して使用することが無くなりつつあるが,文化財建
造物に使われている建具の維持のためには,建具製作の高度な技術を体
得した技術者を確保していく必要がある。
建具製作研修の様子
14.畳製作(たたみせいさく)
選定年月日:平成16年9月2日
保存団体名:文化財畳保存会
概要:
畳は,貴族邸宅である寝殿造
建築での座具や寝具,寝台の上敷
として使用され,後に,室内周囲に「追い回し」に敷かれたり,室内全体に敷き
詰められるようになった。やがて室町時代ころには書院造
建築の発展とともに畳を敷き詰める習慣が広まり,近世以降,一般住宅にも徐々に浸透した。
畳は,稲藁
を交互に積み重ねて麻糸で縫い締めた畳床
に,い草を編んだ畳表
を張り,両側に畳縁
を縫い付けて仕上げる。
畳製作技術は,多様な規模や形状の部屋を正確に採寸して,規格外の畳を加工し,特殊な紋縁
を畳相互の紋合わせに注意して縫い付け,敷き込む技術で,その一連の工程には高度な熟練を要する。伝統的な畳製作技術を有する技能者の確保が不可欠となっている。
畳製作の様子
15.装潢修理技術(そうこうしゅうりぎじゅつ)
選定年月日:平成7年5月31日
保存団体名:(一社)国宝修理装潢師連盟
概要:
我が国では絵画,書跡,古文書などの文化財が,千数百年から数百年の永い年月を経て,今日に伝わっている。特に我が国特有の高温多湿の気象条件の下では,湿気,カビによる腐食や虫害による損傷が起こりやすく,必ずしも恵まれた環境とはいえない。こうした中で,多くの文化財が今日に伝えられたのは,優れた伝統的な保存修理技術:装潢
そうこう
の技によるところが大きい。
我が国伝来の書画類は四季の温湿度変化の影響を受けやすい紙や絹を主材料とするものが多いため,原状のままに伝来するものは稀で,いずれも本紙を紙,糊
によって補強した巻子
,掛幅
,屏風
,折帖
などの様々な表具の形態に仕立てられて伝わっている。これら文化財は紙,糊による裏打によってのみ本体の保存が図られているといっても過言ではなく,こうした脆弱
な文化財を後世に維持,保存していくためには,50年から100年を周期として,本紙を支える裏打紙の打替
えが必要となっている。これらの修理は,表具の解体,解装
から旧裏打紙の除去,繕い,裏打替から表具仕立てへの工程を要する。この修理に当たっては,伝統的な技術に裏付けられた卓越した装潢
の技が必要不可欠となっている。
障壁画修理の様子
16.日本産漆生産・精製(にほんさんうるしせいさん・せいせい)
選定年月日:昭和51年5月4日
保存団体名:日本文化財漆協会,日本うるし掻き技術保存会
概要:
日本産漆は透明度,接着力,堅牢
度等に優れており,漆芸
の制作や漆工品等の保存修理に不可欠の原材料である。漆生産に関する技術には,漆樹の植栽及びその保育・管理,成長した原木からの漆液の採取(漆掻
き)等がある。なかでも,掻鎌
や掻箆
などを用いて,樹幹につけた傷から滲
み出る生漆を採取する技術(漆掻き技術)は重要なものであり,漆樹を傷めず良質な漆を多く採取するには高度な技量が要求され,長年の経験を積んだ専門の技術者(漆掻き職人)によって行われている。
将来にわたって良質の日本産漆を確保し,もって文化財を後世に継承していくためには,日本産漆の生産・精製は欠くことのできない重要な技術である。
漆掻きの様子
17.縁付金箔製造(えんつけきんぱくせいぞう)
選定年月日:平成26年10月23日
保存団体名:金沢金箔伝統技術保存会
概要:
縁付
金箔
きんぱく
製造
せいぞう
は,箔
はく
打ち専用の手漉
てすき
和紙を加工した箔打紙
はくうちがみ
に金を挟んで打ち延ばし,金箔を製造する技法である。
正方形に仕上げた箔を箔合紙
はくあいし
に重ねた時,箔合紙の寸法が金箔を縁取る
ように一回り大きいことから,完成した箔のほか,その製法も縁付
えんつけ
と呼ばれる。
縁付金箔製造の技術内容は,澄
ずみ
工程,箔工程,紙仕込み工程の3つに大別される。澄工程は,純金に微量の銀と銅を加えた合金を打ち延ばし,厚さ1,000分の1ミリメートルの澄を仕上げる工程である。箔工程は,澄と箔打紙を交互に重ねて薄く打ち延ばし,厚さ10,000分の1ミリメートルの箔を製造する工程である。紙仕込み工程とは,専用の特殊な手漉和紙を澄又は箔の打紙
うちがみ
として仕立てる工程である。澄打紙の仕込みは,
ニゴ(稲藁
いなわら
の芯部)を主原料とする手漉和紙を用い,湿らせて機械を叩く工程を繰り返すものである。箔打紙の仕込みは,泥土が添加された箔打ち専用の手漉きの雁皮紙
がんぴし
を原紙(下地紙と呼ばれる)とし,湿らせた下地紙を機械で繰り返し叩いた後,稲藁の灰の灰汁
あく
に柿渋
かきしぶ
等を染み込ませて叩くことを繰り返す工程で,この工程が箔の仕上がりに大きく影響する。
縁付金箔は極めて薄く,しなやかで大きく,色艶に優れ,無形文化財の工芸技術による作品製作や有形文化財の保存修理には欠くことのできない原材料である。
箔工程の様子
紙仕込み工程の様子